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ハメルは,プロテスタント系統のキリストヘのヘ徒であった.
好奇心のためであるのか,または異ヘ徒たちの宗ヘに關心が多かったのか,朝鮮の宗ヘ的な面での言及は非常に詳細に記述している.

しかし重要なことは,朝鮮の宗ヘの中でも ヘには友好的であったことがわかる.
なぜならば,彼らが全羅道に滯在していた 時に,周 の寺院や寺によく行っていたし,また,僧侶たちも彼らの冒險談を聞きたがり,夜を明かして話をしたこともあったと『ハメルの報告書』に記述されているからである.

朝鮮の儒ヘ主義はハメル一行には,偶像崇 の一種として映っていた.

■國民たちは,樣 な偶像に仕えるなどの(多分,村社などの迷信を指すものと推測)異ヘを信じるのも事實であるが,實際には偶像よりは彼らの權勢家を更に崇め尊ぶ.
■高官と兩班は,偶像崇 などには目もくれず,むしろ自分が偶像の上に君臨しようとする滿身が?い.
■名節(祭祀)の時ごとに,一般の國民と農民たちが來て偶像の前で  を行う.そして,偶像の前にある小さな壺の中でお供え物のひとつである香りのある木のかけら(香木)を燃やす.そして,お辭儀を1回してその場を離れる.
■彼らは善良なことをした人はこの世で福を受け,惡いことをした人は罰を受けると信じるくらいで,?ヘやヘ理問答のようなものは知らされてはおらず,互いに自分の信仰を?要しようともしない.
■?に皆が信仰を持っており,また全國に渡り偶像崇 が廣く わっている?態であるので,宗ヘ論戰は起り得ない.

 一方, ヘについては非常に長い分量を割愛しているが, 時の朝鮮の ヘによる煩わしさを誰よりも明確に直視して指摘している.

■僧侶は,1日に2回偶像( 像)の前にお供え物と  を捧げる.祝祭の日ごとに(4月8日のお釋迦樣の誕生日)多くの人 が寺に來るが,僧侶たちは皆,銅 と太鼓を敲いたり,また他の樂器を演奏する.
■朝鮮には寺院と寺刹が非常に多く樣 な所にあるが,全て景色がよい山の中にあり,各 その該 する郡の統制の下にある.ある寺刹には500~600名の僧侶がいる所もあり,またある郡には3000~4000名の僧侶が集まって住むと所もある.そして,10~20名或いは30名ずつ1ヶ所の宿泊所に泊まり,時には更に多かったり少なかったりもする.
■各 の居住地は最高年長者(住職)が統率する.ある僧侶が過失を犯すと,住職が尻を20~30回打つこともある.しかし,重大な犯罪の場合には地方官に引き渡す.
■望む者は誰でも僧侶になれるが,適性に合わなければいつでもやめられるので,この國には僧侶が多くいる.しかし,あまり尊敬される身分ではない.
■僧侶は,生命を持つものや生命の起原となるものを食べてはならない.彼らは髮の毛とヒゲを全部剃っており,女との對話も禁止される.この規則を守らない者は,罰として尻を70~80回打たれ寺院から追放される.
■全ての僧侶は寺に入って剃髮した後に,一方の腕に烙印を押す.そのことにより彼らが僧侶であることがわかる.普通の僧侶たちは,勞 ,商業,或いは物乞いをして生計を立てる.
■僧侶たちは,常に多くの少年たちを集めて讀み書きをヘえることに一生懸命である.その少年たちが頭を剃れば,彼らは先生にに仕える幼い僧となる.
■ 像の前での  と食べ物の規則の面では同一であるが,剃髮もせず,結婚もできる僧侶もいる.
■寺院と寺刹は富裕な高官や庶民の信者たちのために建築された.
■兩班たちは,遊興で娼婦(キ−セン)たちや他の家族たちと一獅ノ時 寺を訪れるが,それは寺が山や林の中にあって景色と雰 氣がよいからである.港では,寺がこの國で最もよい建物と思われているが,寺というよりは賣春窟や旗亭と言っても過言ではない.いわゆる寺院という所は皆そのような樣子であった.
■ソウルにいた時,女僧がいる寺を2ヶ所目?したが,1ヶ所は兩班の家の妻子たち,もう1ヶ所は庶民出身の婦女たちのためのものであった.

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