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HOME > ハメル情報館 > ハメルの報告書 > 出版の開始と刊行本




『ハメルの報告書』の最初の刊行本は、1668年に『航海日誌』というタイトルでアムステルダムから刊行された。 

1668年は、ハメルはまだ故国に戻れずにバタビアにいた時であるが、彼の同僚 7名により『ハメルの報告書』の筆写本がVOCに提出されて出版されたのである。

それは当時のオランダ人とヨーロッパ人たちに非常に人気が高かった。 

なぜならば、彼らがほぼ未知の地として考えていたコレア(=朝鮮)が詳細に紹介されていただけではなく、オランダが再び東アジア側の進出に熱意を持っていたからである。 

先ず、一番先に刊行された1668年の『フォルセン版』は、同じ年に初版と再版がアムステルダムから刊行されたが、タイトルは『1653年にバタビア港を出航し、台湾を経て日本に向かう途中での輸送船Sperwer号の難破記』である。



A Saagman version in 1668

同年にロッテルダムからは『J. Stichter版』の『ハメルの報告書』が刊行された。

一行が抑留される場面や、棒で打たれる場面などの6つのエピソードが収録されているが、このエピソードがその後の刊行本にも収録されて『ハメルの報告書』の一種の象徴となった。

1670年には、それ以前の刊行本が旋風的な人気を呼んでドイツ語の翻訳版も刊行された。 

こうしてハメルの筆写本はオランダ語、フランス語、英語で出版され、世界の多くの人々の韓国に対する好奇心を刺激し、韓国、即ち、当時の朝鮮の情報を提供してくれはしたが、2重に翻訳された過程で、多くの誤記と漏れ、そして添加と削除などがあり、元々の内容がそのまま伝えられていないというだけでなく、内容自体が歪曲されたりもした。

そのような出版状況を考慮して、1920年にB. Hoetink氏が『ハメルの報告書』の筆写本を土台に正確に誤脱字を修正し、いわゆる『B. Hoetink版』を刊行した。

その本は、それまでヨーロッパに伝わっていた多くの観菊に関する技術内容を豊富に収録しているだけではなく、ハメル一行の朝鮮漂着に関連するVOCの関連文書などを全て網羅して収録しており、ハメルの研究には最も先駆的で優れた研究書であると評価することができる。

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