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HOME > ハメル情報館 > 朝鮮とオランダ > Corea 号



オランダは、1610年から朝鮮に関心を持ち始めて貿易進出のために多数の探検隊を派遣したが、結局は思わしい成果を上げることができなかった。 

しかし、ハメル一行が1653年に済州島に漂着し、1666年に日本に脱出し、1668年に帰国したことにより、再びVOCの内部から朝鮮の金銀島に対しての関心が強まった。

 『ハメルの報告書』は、一行の難破の経緯のみならず朝鮮の交易に関する詳細な内容も言及しており、それらの事実に刺激を受けたVOCは再び朝鮮との貿易を計画して、朝鮮との貿易のためのCorea号を建造した。

しかし、Corea号は朝鮮貿易のためには1回も航海できなかった。

その理由は何であろうか?

VOCは、朝鮮の劣悪な経済状況とVOCと日本との関係の中で、朝鮮との貿易により得る利益よりは日本との関係を維持する方がVOCの貿易政策に相応しいという判断をした。

結局は1671年に朝鮮貿易を放棄した。その詳細な内容は、本国のVOCがバタビアに送った手紙に記述されているが、朝鮮貿易を試みる場合には、中国側の阻止と日本の嫉妬があるであろうと予想していた。VOCは日本との貿易を維持するために朝鮮との貿易を放棄するしかなかったのである。 

従って、Corea号はオランダを出航して1670年4月2にバタビアに到着したが、結局それ以降は朝鮮への航海はできずに、1679年11月15日にバタビアで廃棄処分された。




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